AQAL

Aqal

 

AQALはインテグラル思想の基本概念であり、All Quadrants(全象限・四象限)とAll Levels(全レベル)を合わせた意味を持ちます。


ケン・ウィルバーは人間の認識する領域を"I","WE","IT","ITS"の象限に分けて説明しました。これらは、人間が生得的に所有する視点として普遍的に共有されているものであり、また、この世界のあらゆる事象を包括的に認識するうえで必要とされるものであるといえます。

 

* “I”Individual Interior):個の内面の領域。この視点は、個の主観的(subjective) な存在としての真実性を尊重するもので、そこでは、個は、自己の内的な意 図にもとづいて行動する自律的な存在としてとらえられる。この領域の価値 基準は、個人が、自己の内的な感覚をいかに正確に解釈・表現するかに注目 する主観的な「誠実」(sincerity)というものである。

 

 

* “WE ”Collective Interior):集合の内面の領域。この視点は、自律的な内面 を所有する個人の相互理解と相互尊重を重視するもので、そこでは、集合(共 同体)は、規範・倫理・価値等の文化を共有する個人による共感により維持 されるものとしてとらえられる。この領域の価値基準は、集合(共同体)の 構成員が、相互理解・相互尊重をとおして、いかにまとまりのある文化空間 を構築するかに注目する「正義」(justness)である。

 

 

* “IT”Individual Exterior):個の外面の領域。この視点は、客観的に観察をすることのできる事象を重視するもので、そこでは、主観的な要素の影響する ことない、普遍的な事実が追求される。この領域の価値基準は、いかにあら ゆる主観的な「歪曲」に影響されない「客観的」・「普遍的」な真実を抽出す るかに注目する「真実」(truth)である。

 

 

* “ITS”Collective Exterior):集合(共同体)の外面の領域。この視点は、集 合の組織体としての整合性を尊重するもので、そこでは、個は、あくまでも、 集合の構成要素としてとらえられる。この領域の価値基準は、ある存在(個 人・組織)が、それをとりまく外的な生存状況にいかに適合するかに注目す る「機能的な適合」(functional fit)というものである

 
 
 
 

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阿頼耶識

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仏語。唯識説で説く八識の第八。宇宙万有の展開の根源とされる心の主体。万有を保って失わないところから無没識、万有を蔵するところから蔵識、万有発生の種子(しゅじ)を蔵するところから種子識ともいわれる。

 

唯識思想により立てられた心の深層部分の名称であり、大乗仏教を支える根本思想である。眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識の8つの識のうち第8番目で、人間存在の根本にある識であると考えられている。ālaya の語義は、住居・場所の意であって、その場に一切諸法を生ずる種子を内蔵していることから「蔵識」とも訳される。

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生命の階層説

マックス・シェーラー 生命の五階層説

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20世紀の前半、改めて「人間とは何か」、人間はどの点で他の生物と本質的に区別されるのかという問いに迫ろうとした学派がある。マックス・シェーラーによって提唱された「哲学的人間学」は、自然人類学、生物学、精神分析、ゲシュタルト心理学、社会学などの当時の人文・自然科学の最良の成果をふまえ、これらを総合することによって「人間とは何か」との本質を明らかにしようとした。

 

マックス・シェーラーは生命世界の諸階層に見られる心的諸能力を、①植物的生の段階であり、意識と表象をまったく欠いた「感受衝動(衝迫)」、②下等動物の生の段階で、特殊な環境世界に適合した生得的、遺伝的な「本能」、③高等動物の学習、模倣と習慣的行動にかかわる「連合的記憶」、④そして新しい未経験の事態に対処し、課題を自ら解決しうる「実践的知能」の四つに分類した。

「実践的知能」に関しては、最も優れたチンパンジーと人間とのあいだには質的な差異が存在せず、量的差異しかないと見なす一方で、人間は生命世界を超えた「精神」の能力を所有することによって、動物からは本質的に区別されると見なした。

「精神」とは、いわゆる理性を含むとともに、根源現象や本質内容の直観、また好意、愛、悔恨、畏敬、浄福と絶望、自由な決断などの意志的・情緒的作用を含むものである。

 シェーラーによれば、「精神」を所有するからこそ人間には、衝動によって束縛された動物の環境世界とは異なった「世界」があり、「世界開放性」があるとした。

 

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性格形成と観念形成

1観念とは

私たちの性格(パーソナリティ)形成について、重要な要因の一つが”観念”です。もともと観念機能は現実課題に応えるためにあり、行動を導く為にあります。私たちは成長する上で色んな観念を作ってきます。それは安全に生きるための機能でもありますが、その多くは傷つかないように、失敗しないように、恥をかかないように、とネガティブな目的で作られます。また、親から躾という形でその観念を受け継ぐことも多いでしょう。
観念は私たちが成功するか、失敗するか、人生がむずかしいものになるか、容易なものになるか、私たちが満足するか、失望するかなどを決定するものです。観念とは自分の体験や学習、そして人から教えられることに基づいて自分自身のことや周りの社会のことについて自分自身が下す決定です。しかしながら、この観念は逆に私たちの心を縛り付け、幸せを遠ざけてしまうことが実に多くあるのです。この観念のややこしいことは、今のあなたにとって、それが当たり前のことのようになってしまっていて、自分ではなかなか何が問題なのかが分からなくなってしまうところです。観念という言葉は、もともと仏教用語で、”心を一定の対象において散乱させない状態”をいいます。今日ふつうに用いられている用法は、ヨーロッパ語のideaの意味で、心理学では、表象(独 Vorstellung)と同義となります。

2観念の形成

私たちの観念の基本体系は6歳か7歳頃にほとんどの部分が形成されると言われています。つまり、観念の多くは家族(特に両親)とのかかわり合いのなかで形づくられます。また、私たちはより楽しいものを求め、不快感や苦痛を引き起こすものを避けることによって観念を形成してゆきます。極度の苦痛、痛手を与えるような体験は、しばしば非常に強い観念を残します。この目的は将来自分が傷つくことを回避することです。

3拡大解釈と一般化傾向

私たちはある具体的な体験を通して観念を形成するにも関わらず、それを拡大解釈し一般化する傾向があります。例えば、ある体験を通して、私の父親が私にとって恐い存在だという認識を持ったとしたら、その後私は父との体験を忘れてしまったずっと後になっても父を連想させる全ての男性(会社の上司や年上の男性は父親が象徴となっていることが多いと言われています)に対して「恐い」という感覚を持つこと場合があります。(拡大解釈)
その考えは、実際にはただの観念であり、現実ではない場合でも、「年上の男性は恐いんだ」という自分特有のレンズ(めがね)を通して出来事を判断し、自分の観念は正しく、あたりまえで、世の中のほとんどの人は同様の考えをもっているのだと信じています。(一般化)

4無意識(潜在化)と観念の防御、強化

私たちの観念は潜在意識の中に格納されています。まるでコンピューターのプログラムのようです。幼い頃に体験した出来事から自分にとって好都合なように判断し、観念を身につけます。幼いときに体験した出来事は、たとえそれが自分にとって重要なことでも、他に目新しく重要な出来事が多々あるため今の自分は憶えていないことがほとんどで、自分がどんな観念をもっているかには気づいていません。また、一度観念を身につけるとたとえそれが否定的で制限を加える観念であっても、観念にそぐわない出来事は「それは特別な事だ」というように観念を防御し、観念に合う出来事は「やはりそうだ」と強化し、自分が正しいと思いこむようになります。

5自動反応

私たちの観念は、ある出来事や状況、環境に自動的に反応して、私たちのふるまい、考え方、感じ方の昔ながらのパターンを引き出します。たとえば誰かが私を批判したとします。私は子供の頃に批判された時の事を思い出し、幼い頃と同様の反応をします。恥ずかしい思いをしたり、混乱したり怒ったりします。これは、意識的に選択して反応するのではなくプログラム化されているように機械的に、自動的に反応します。
あるいは、私の上司が私の同僚の成功をほめたとします。それは私の両親がいつも自分よりも兄をよくほめていた事を思い出させます。そこで私は、そのときと同じ反応をしてしまいます。不当に扱われたと思い腹をたて同僚の陰口をたたきはじめます。自分が昔のパターンを繰り返している事など全く気づいていないかも知れません。ましてや、それが自分の兄や両親に関連しているとは思いもかけないでしょう。しかし結果からみると自分で選択して反応しているというよりは、幼い頃に創った観念にコントロールされている訳です。
自動反応の中には肯定的な面もあります。考えることなしに物事を実行でき、エネルギーの消費量を減らし、私たちの人生を楽にしてくれる面です。(初めて車を運転したり、スキーをしたりしたときのむずかしさと、それをある程度修得して「自動的」なったときの簡単さを比較してみれば「意識して行う」事がどれほどむずかしいかわかると思います。)
また、自動反応の中には否定的なものもあります。自分特有の非生産的な考え方や感じ方、ふるまいです。つまり自分に次のような言い方をさせてしまう反応です。「またやってしまった。なんて自分はバカなんだろう。」「どうして同じ事ばかりやってしまうんだろう。」「いつになったら懲りるんだろう」 自動反応は、過去の体験をもとに下した決断によって、「観念」としてそのまま力をもった形で残っており、この観念に気づかない限り私たちは出来事に対して自動的に反応するわけです。

6気づき

私たちの意識は自分自身で認識できる「顕在意識」と無意識で自分でも理解していない「潜在意識」に分けることができます。氷山の一角という言葉が示すように私たちが「自分で理解出来る水上の自分自身」=顕在意識はごく一部であり(10%程度と言われています)、残りのほとんどの部分(90%)が水面下に隠れており自分では見ることが出来ないわけです。
観念も意識の一部です。私たちは自分がどのような観念を持っているかほとんど認識していません。つまり、私たちの思考・行動・感情のパターンは、自分が意識していることよりも、この「水面下の観念」によって支配されているわけです。たとえば、私が会議などで「自分の意見をはっきりと伝えて自己主張したい」と顕在意識で思っていたとしても、結果的に黙って相手の意見を聞き、同意してしまっているとしたら、潜在意識の中には「自分が発表しても誰も認めてくれない」とか「人と良い関係を創るには相手の意見を受け入れた方がうまくいく」という観念をもっていて、この観念にコントロールされているわけです。意識的には前に進みたいと思っていながら、私の気づかない残りの90%の部分が無意識に反対の方向に引っ張っている状態な訳です。
もし、私たちが自分の「水面下の観念」に気づいたならば、以前にはなかった主体的な新しい選択が突然できるようになり、新しい可能性がひらかれていきます。

性格形成における「観念」以外の重要なテーマについても触れておきます。

1選択

私たちのほとんどにとって、人生は「しなければならないこと」だらけです。毎日、「朝早く起きなければならない、仕事をしなければならない、お皿を洗わなければならない、約束を守らなければならない」など数え上げればきりがありません。私たちは義務を果たす気持ちや不安や恐れ、人を失望させたくない気持ちから行動しがちです。どんな気持ちがしていても、「しなければならない」つまり、選択の余地がないと思っています。
しかし、本当は私たちは重要な事柄からとるに足らないような事柄まで全ての事を選んでやっています。私たちが人生のたくさんの時点で行った選択の結果が現在の自分自身です。私たちは常に選択しています。私たちは自分の職業や結婚するか独身でいるかなど人生の全てを選択しています。 ところで、これが本当ならなぜ私たちは、自分自身で選択しているにも関わらず、「しなければならない」と言うように義務感を感じたり、嫌だと思ったり、プレッシャーを感じたり、抵抗したりするのでしょうか?
このように私たちは否定的になったり抵抗しながらでも苦しく嫌な事を繰り返しています。その原因は自分自身では気づいていないような心の深いレベルで、その苦しみを我慢するに値する「見返り」を求めているからなのです。

2逃避

私たちは、避ける事によって自分を守ったり、苦痛になることを遅らせたり後回しにする事で、困難な状況が容易になったり、消えてしまったり、処理しなくても済むようになって欲しいと願っています。例えば職場で自分の意見をはっきりと述べてみたいと思っていても何故か避けてしまうとしましょう。何故なら拒絶されたり、プライドを失うのが恐いからです。恥ずかしそうな様子を装ったり、黙ったままでいたり、または、他人の言う事に愛想よく賛成するふりをするなどの方法で発表するのを避けているのかもしれません。避ける事によって批判されたり、拒絶されたりする痛みを一時的に避ける事はできますが、自分の意見を言えなかったという痛み(ストレス)は残ります。これは、「自分は不十分だ」とか「価値がないんだ」という類の観念が意見を述べてもきっと拒絶されたり笑われるという想像を生み、この想像が行動にブレーキをかけているわけです。実際には自分の意見を述べるという行動は、批判を受けたり、拒絶される危険を伴いますが、同意したり、認められる可能性も十分にあります。そして避ければ避けるほどストレスが蓄積し自分の観念を強固なものにしてゆきます。この問題を解決するためには、意識的に冒険(リスクをおかす事)をして行動してみる事が一番効果的なようです。
私たちは、常日頃たくさんの避ける方法を使っています。そして、それが何かに直面するのを避けるためだとは全く気づいていない事の方が多いようです。以下に避ける方法をいくつか挙げておきます。
延ばし延ばしにする・怒る・落ち込む・仕事に熱中する・沈黙する・食べる・人のせいにする・考え込む・混乱する・遠慮・酒を飲む・疲れる・病気になる

3責任

私たちが「責任」という言葉から連想するのは、非難や失敗、重々しさなど否定的なことを連想しがちです。「こんなになったのは誰の責任だ」とか「責任をとってください」というように我々日本人には「責任=詰め腹を切る」という観念がいまだに残っているようでこの言葉は圧倒的に否定的なトーンをもっています。しかし、「責任」にはもうひとつの意味があります。それは「私の責任だ」というのは「私が、私の人生の主だ」という意味だと言うことです。
実際には自分をこのようにとらえる考え方には無理があるのかもしれません。例えば人間関係がスムーズにいかない責任は、当然相手にもあるはずです。しかし責任を相手のせいにしてしまうとその問題を解決するためには相手に変わってもらうしか方法が見あたりませんし、これは困難なことです。これを100%自分の責任だと言うように解釈すると問題解決の方法は自分にあるわけですから自分に変化をつけるのは十分に可能です。また、自分の責任ではないといっていると、あなたは「自分には能力がない」と言っているわけですからエネルギーに乏しく、落ち込んだり、無気力な状態になりがちです。
責任をとって、主体的に活動している人は、パワフルで肯定的な性格になります。また、人や自分を責めたりせず、どのような状況も学び、向上するチャンスとし捉えられるようになります。生き生きとして、間違っていることを指摘して、受動的に生きるのではなく、うまくいくことに焦点をあてて能動的に生活していくことができるのです。

4約束

私たちのほとんどは、人との約束の方が自分との約束より大切だという決めつけた考え方をもっています。私たちが誰か他の人との約束を破ったら、その人は私に腹をたてるでしょう。また、怒るかも知れないし、好きになってくれないでしょう。もしかしたら自分の評判が傷つくかも知れないし、尊敬や地位が失われるかも知れません。でも、自分との約束を破っても誰もそれを知る人はいません。誰も私に腹をたてないし、信頼や尊敬を失うこともありませんし、批判されたりすることもないし、相手を傷つけることもありません。しかし、私たちは自分との約束を破ると自分自身に腹をたてるのです。自分への信頼と尊敬を失い、自分で自分を傷つけ、自分に対して批判的になります。自分との約束を破ることで、自己信頼を失ってしまうことになります。私たちが、自分との約束を破るとき、自分自身を疑い、心の中で葛藤がおきます。結果的に自信、自己信頼、自己尊敬が下がります。私たちは自分で自分自身の成功を壊してしまうことで自らを罰しているようです。人との約束を破ることは、人間関係を弱体化し、結局壊してしまうことになります。
約束を守ることで、自動的に自信、自己尊敬、自己信頼があがります。明確性、目的、方向性がはっきりしてきます。また、約束を守ることによってより良い人間関係を築くことができます。

私たち人間の性格形成にとって重要なことは、できるだけ客観的に自己理解につとめ、そして主体的に自己の意識や言動・行動をコントロールする習慣づけをすることではないでしょうか。

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交流分析-5つの自我状態

Kouryuubunnseki (図をクリックすると大きくなります。)

交流分析(TA; Transactional Analysis)は、アメリカの精神分析医エリック・バーンが開発した人間関係の心理学で活用される技法です。
目的は、以下の3つです。

①自己への気づきを深める、(無意識にやっている事への気づき)
②自律的生き方(考えかた,感じ方、さらには行動に責任をもつ)
③真の対人交流の回復(人と親密な関係や、ふれあいを創る能力)

交流分析では、自分の中に3つの部分を備え、それにより人格が形成されるいると考えています。これらのことを自我状態と呼びます。親の自我状態、大人の自我状態、子供の自我状態の3つです。

<親の自我状態>
幼少期に親や親に代わる養育者から取り入れた感情、思考、行動から成り立っています。理想や道徳、躾け、などを取り入れた自我エネルギーや養育や人を思う優しさを取りれた自我エネルギーの部分です。

<大人の自我状態>
「今・ここで」経験している感情、思考、行動から成り立っています。

<子どもの自我状態>
過去の経験から成り立っている自我エネルギーの部分です。子ども頃遊んでいた時に感じた楽しい感じや、親に気に入られようとして、いい子にしていたあの感じです。

■自我状態の特徴

<親Parentの自我状態>
CP: Critical Parent
批判的な親 良心や理想と深く関係しています
主に批判、批難、叱責などを行なう自我の部分
父親的な自我状態の部分

偏見的・封建的・権威的・非難的・批判的・懲罰的・全能者的・支配的・教訓的・説教的

NP: Nurturig Parent
保護的な親 同情的、保護的、養育的なことを行なう自我の部分
母親的な自我状態の部分

救援的・保護的・受容的・同情的・愛情的・心づかい・思いやり

<大人Adultの自我状態>
A: Adult
大人 人間のコンピューターに例えられる部分
データーの収集し、整理、統合する自我状態の部分

事実評価的・客観的・観察的・打算的・知性的・合理的・分析的・冷静的

<子供Childの自我状態>
FC: Free Child
自由な子供 誰にも束縛されず自由に振舞う部分
感情的、本能的、自己中心的、積極的な部分
好奇心や創造性の源でもあります

本能的・積極的・創造的・直感的・感情的・好奇心・自発的・行動的・楽観的・空想的・無邪気

AC: Adapted Child
順応する子供 自分をしつけたり、教育しようとした親に順応している部分です。順応で、我慢強く、イイ子的な面をもちます。
自分の本当の感情を抑圧している場合が多く、突然、爆発することもあります。

順応的・感情抑制的・反抗的・消極的・依存的・悲観的・遠慮的・迎合的・被同情的

エゴグラムという精神分析手法で自分の自我の特徴を把握することができます。
エゴグラムで自分の心のエネルギー配分を知ることができます。自我の特徴を知り、努力してエネルギー配分を変えることによって理想の自分になることも可能です。

エゴグラムで一番、得点が高かった場所は、無意識の時や何か切羽詰まったときに一番でやすい自我の場所といえます。一番低かった得点の自我状態は、意識しないと使えない自我エネルギーでもあります。一番低い自我状態のエネルギーを増やしたい時は、意識的に使うようにしましょう。

■交流パターン分析

交流分析は、人間と人間の交流を自我状態(5つの心のどれを主に使っているか)に分解して考え、やりとりを分析することを行ないます。交流パターンは主に①相補交流、②交差交流、③裏面交流の3つのパターンがあります。
C(子供の心)からA(親心)に対しての発言に、A(親心)からC(子供の心)に返事するというように平行にやりとりできているのを相補交流と言います。例えば、学生同士で「この宿題教えてよ」「何、見せてご覧?」というようなやりとりです。
交差交流と言うのは、C(子供の心)からA(親心)への発言に、A(大人の心)からA(大人の心)に返事をするようなやりとりです。例えば先ほどの会話で、「この宿題教えてよ」「宿題は、自分で考える方がためになりますよ」と返事することのようなやりとりです。
裏面交流は、言葉のやりとりと本心のやりとりが違っていることを言います。

自我状態の特徴を理解することができれば、自分がどの自我状態からコミュニケーションの信号を発しているか分かります。自分の発している自我状態、相手の発している自我状態に気付くことでその場に適したよりよいコミュニケーションをとることが可能になります。

人間関係をスムーズにするポイントは、自己理解、自分のコミュニケーションの方法の特徴や癖を理解することです。そういった自我状態の特徴を自分でコントロールすることによって、自律的な生き方、人間関係の築き方が可能となるのでしょう。

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意識の構造論

Freud (図をクリックすると大きくなります。)

フロイトの精神分析学に局所論と構造論があります。

<局所論>
人間の心は、意識、前意識、無意識の3層から成り立っているという考え。
意識と前意識との間に検閲という防衛機制が働いていると想定しています。
■意識 consciousness
直接的に心の現象として経験していること、これは自分の経験だと感じることのできることを総体的に意識と呼ぶ。
■前意識 preconscious
意識されてはいないものの、思い出そうと注意を向ければ思い出せるもので、いつでも意識の中に入り込めるもの。
■無意識 the unconscious
一般的に、個人の行動を左右し、思考や感情の方向づけに大きな影響を与えながらも、本人には自覚されていない心的過程のこと。

<構造論>
心を自我、イド、超自我という3層からなるモデル(心的装置)として捉えます。
■イド id (エス es)
本能的性欲動の源泉。
不快を避け快を求める快楽原則に支配されており、無意識的であるという特徴を持つ。
一次過程と呼ばれる非論理的で非現実的な思考や不道徳で衝動的な行動をもたらす。
cf.リビドー libido
性欲動を意味する精神的エネルギーのこと。
イドを突き動かすものである。
■自我 ego
イド、超自我、外界の要求から生じる精神力動的葛藤を現実原則に従って調整する機関。
自我の強さが健全なパーソナリティの原点であるとする。
■超自我 super-ego
良心あるいは道徳的禁止機能を果たす。
幼児期に両親との同一視やしつけなどを通して取り込まれた道徳律であって、快楽原則に従う本能的欲動を検閲し、抑圧する。
意識的な場合もあるが、多くは無意識的で後悔や罪責感といった感情をもたらす。

これらの論理展開に、集合的無意識という考え方があります。”人間の本質”ともいえる深層心理・深層意識といえるでしょう。人間の本質、人間性の本質とは一体何なのでしょうか。一人一人の人間はこの集合的無意識を通して皆繋がっているともいわれています。

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意識の発達段階

Wilber (図をクリックすると大きくなります。)

  

「意識のスペクトル」 ケン・ウィルバー

人間の意識は、複数の階層により構成されており、人間の成長はこれらの階層を段階的に通過することをとおして実現される。そして、この段階的成長の過程は、人間の生得的な自己中心性の克服の過程としてとらえることのできるものである。そして、古今東西の自己探求の方法は、この成長過程の各段階において経験される諸々の課題・問題を解決するための触媒(catalyst)として機能するのである。こうした成長段階は、大別して3 (4) つの段階に分類することができるという。

1.プリパーソナル(pre-personal):生物としての基盤となる肉体的衝動の充足を行動論理とする段階。この段階において、人間は、生命体として生存するために必要となる基礎的な自己認識を確立する。世界とは峻別された存在――それゆえに世界の脅威に対して脆弱な存在――としての自己を認識し、それを防衛・維持することを最高の関心事とする。この段階における課題・問題を解決するための有効な方法としては、例えば、認知行動療法があげられる。これは、人格の基盤となる基礎的構造を構築することを主眼とするものである。 

2.前期パーソナル(personal):共同体の言語・規範を習得して、共同体の構成員としての自己を確立することを行動論理とする段階。共同体において共有されている普遍的な規範を内面化することをとおして、自己の肉体的衝動の呪縛を克服することがこの成長段階における重要な課題となる。この段階における成長課題は、内面化された共同体の規範を徐々に対象化する能力を涵養することである。これにより、自己を規範と完全に同一化するのではなく、それらとの関係性(自由)を確保することができるようになるのである。こうした成長課題を解決するための有効な方法としては、例えば、共同体の規範を内面化する過程において発生した抑圧・分裂等の内的な歪(ひずみ)を解決することを目的とする精神分析療法があげられる。 

3.後期パーソナル(personal):内面化された諸々の共同体の規範・信念等を対象化して、自己の独自の価値体系にもとづいて、それらをあらためて構成しなおす段階。自己の所属する共同体の期待に盲目的に応えるのではなく、それらをさらに包括的な視野(世界中心的視野)から検討したうえで、自己の責任(response-ability)にもとづいて自律的な行動をすることができる。この段階におけるこうした成長課題を解決するための方法としては、例えば、実存主義療法があげられる。これは、個人としての自己の存在を定義する諸々の構造的限定条件(例:死)を認識・抱擁したうえで、それらの条件の範囲内で自己の人生を充実させるための「思想」を構築・実践する能力の涵養を援助する。 

4.トランスパーソナル(transpersonalpostpersonal):自己感覚(self-sense)を個人の領域から霊性の領域へと拡張をする段階。自己の存在基盤を時空間に存在する個人としての存在から時空間を内包(観想)する「目撃者」(SoulSpirit)へと移行する段階。この段階における成長課題を解決するための方法としては、例えば、瞑想に代表される、東洋宗教により開発された意識変容の方法があげられる。こうした方法は、時空間に存在する個人としての自己の成熟ではなく、自己(identity)の基盤をそうした個人としての自己をあらしめる背景(SoulSpirit)へと移行することを目的とする。 

※文章はウィキペディアより抜粋

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SWOT分析

Swot (図をクリックすると大きくなります。)

SWOT分析とは、自分(自社)を取り巻く環境を外部環境(機会/脅威)と内部環境(強み/弱み)に分け、強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)を分析評価することを言います。

分析したデータをもとに、下記のような組合せを考えます。

①内部環境の強みがあり、外部環境には機会がある
  =積極的展開 =強みと機会の相乗効果を狙う
②内部環境に強みがあるが、外部環境に脅威がある
 =対抗戦略   =強みを活かし脅威に対抗する
③内部環境に弱みがあるが、外部環境に機会がある
 =差別化戦略 =弱みを克服しつつ機会を活かす
④内部環境に弱みがあり、外部環境には脅威がある
 =守備・撤退  =守りに徹し、撤退も検討する

以上をまとめると、とるべき戦略としては
①強みを機会に対して活かす
②強みを脅威の克服に活かす
③弱みを機会に乗じて克服する
となります。

分析を行うに当たって、注意しなければならない事項は次の3つです。

1.変化は知らぬ間に起きている
SWOTでまとめた各項目の分析は、“あなた”が知る情報から集めたものです。本当に大きな変化は実は“あなたの知らないところ”で起こっているものです。定期的に分析を見直した方が良いでしょう。

2.主観が入る
「機会・脅威」は社会や経済といった固定的なトレンドですが、「強み・弱み」の分析にはどうしても分析者の“主観”が入り込みます。主観が入り込みにくい「機会・脅威」に立脚した分析の方がブレが少ないでしょう。

3.今だけを見すぎない
SWOTにまとめられる情報は、“現時点”でのあなたの「強み・弱み」や外部環境の「機会・脅威」です。そこに着目しすぎると「自分には弱点が多い」とか「今のままでは自分には将来性がない」など、ネガティブな結論になりがちです。むしろ「自分はこうなりたい」、「今後はこういう方向にチャンスがありそうだ」という風に、前向きな材料を探す姿勢でSWOTを利用した方がよい分析ができます。

自分自身と自分を取り巻く環境の変化を理解することによって、未来にむかって自分が進むべき方向性が見えてくるのではないでしょうか。

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弁証法

Dialectic (図をクリックすると大きくなります。)

自然・社会、そして思考を含む、もっとも一般的な法則に関する科学であり、実践にとっての法則です。

弁証法 (べんしょうほう、英語dialectic) とは、哲学の用語で、現代において普通にいわれるときには、世界や事物の変化や発展の過程を本質的に理解するための方法、法則とされます(ヘーゲルなどにおいては、弁証法は現実の内容そのものの発展のあり方とされる)。

ヘーゲルの弁証法は、しばしば以下の3つの段階に分けて説明されます。 ある命題(テーゼ=正)と、それと矛盾する命題(アンチテーゼ=反)、もしくは、それを否定する反対の命題、そして、それらを本質的に統合した命題(ジンテーゼ=合)の3つです。
全てのものは己のうちに矛盾を含んでおり、それによって必然的に己と対立するものを生み出します。生み出したものと生み出されたものは互いに対立しあいますが(ここに優劣関係はない)、同時にまさにその対立によって互いに結びついています(相互媒介)。そして最後には二つがアウフヘーベンaufheben(止揚)されます。このアウフヘーベンは「否定の否定」であり、一見すると単なる二重否定すなわち肯定=正となります。しかしアウフヘーベンにおいては、正のみならず、正に対立していた反もまた保存されていることになります。ドイツ語のアウフヘーベンは「捨てる」と「持ち上げる」という、互いに相反する二つの意味をもちあわせています。

このように考えると歴史を通した社会の発展や、自分の経験を通した自分の人格形成の展開を理解する為の方法として活用できます。どうやって今の社会ができ、そしてこれからどうなっていくのか。どうやって今の自分の人格が形成されてきて、そして今後自分はどう人格を成長させていくのか。ときには客観的かつ主体的に捉えて生きたいですね。

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孤独の類型-自立

Solitude (図をクリックすると大きくなります。)

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