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幸福であること

自分の命知から18年が経とうとしている。

この間、ゆっくりと、実にゆっくりと、自分に与えられた発達課題をそれこそ七転八起しながら、一つ一つ凌いできたような気がしている。

 

僕はときどき直観的に、自分の中で何かと何かが結びついたり、偶然の重なりに気づいたり、何かが降ってきたりということを認識することがある。

 

今しがた、「幸福な人の特徴」について考えていた。すると思い浮かんだのは、「幸福な人には、その人を周りで支えている人がいる」ということだ。幸せな子供に働きものの親がいるように。幸せな夫婦に相手をサポートする配偶者がいるように。幸せな成功者に右腕となる存在がいるように。

 

最近、仕事の必要から、クルト・レヴィンの「場の理論」を強く意識するようになっている。B=f(P,E)というものだ(Behavior, function, Personality, Environment)。

 

「幸福な人(P)の周り(E)にはそれを支えている人がいる。それが人が幸福であること(B)に作用している」ということが、何か成り立ちはしないか。そう思い浮かび、自分の中で納得があった。

 

この考えに思い当たったとき、はじめは、「誰かが幸福であるためには、誰かが犠牲を払っている」そういう疑念がよぎった。しかし、違うのではないか。すぐに次が思い浮かんだ。「幸福な人(P)の周り(E)では、それを支える人がそれぞれの発達課題に出逢い、その超克に奮闘している。ある人が幸福である(B)ということは、そうした相互作用を促す媒体として機能している」ことを意味しているのではないか、と。

 

そして、「人が幸せになるためには、感謝と知足が大事である」というのが、仏教の教えである。

ここで思うことは、誰もが幸せ(仕合わせ、為合わせ)なのであり、それに気づけるかどうか、感じられるかどうかが、周りの人にも作用する(影響する)、ということだ。

 

僕は「幸せである」ことを常に自覚して生きて逝きたい。

 

 

 

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