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名言集1291

今ここにある人の心に愛が訪れるとする。
その愛がいまだ表象的なものに止まる間は、
けっして祈りにはならない。
  

(倉田百三「愛と認識との出発」) 

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(前後の文)
人に働きかけたい心は善い、純なねがいである。
この心が受け取りやすいモデストな心に出遭うときには、
どんなになめらかな交わりになることだろう。

自己を知らざるほしいままなる働きかける心は、
他人を侵し傷つけるけれども、
その心が祈りの心持ちによって深められるときには、
もっとも望ましきはたらきをつくる。

祈りの心持ちは、
単に密室において神と交わる神秘的経験ではなく、
その心持ちのなかには、切実な実行的意識が含まれている。

いな、むしろ祈祷は実践的意識の醗酵、
分泌した精のごときものである。

今ここにある人の心に愛が訪れるとする。
その愛がいまだ表象的なものに止まる間は、
けっして祈りにはならない。

しかし、その愛が
他人の運命を実際に動かしたい意志となり、
そしてその意志がそれに対抗する運命の威力を知り、
しかもその運命に打ち克って意志を貫こうとするときに、
祈りの心持ちとなるのである。

ゆえに、その心持ちは、
しばしばたたかいの心持ちと酷似している。

              

投稿: しっ | 2016年1月11日 (月) 06時12分

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