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青年が志を立てる時には  新渡戸稲造

 青年が志を立てる時には、名とか利とかを求めないで、まず己の任務はいかなるものであるかをみて、決してもらいたい。名利の夢を離れて冷静に、私心を離れて公正に考えてもらいたい。

 こう言うと、あるいは難きことを求めるという誹(そし)りを免れないかもしれない。そこで、次のようなことを述べたいのである。

 人生は、社会のホリゾンタル(水平線)的関係のみにて活()きるものでないことを考えたい。ホリゾンタル――多数凡衆(ぼんしゅう)の社会的関係を組織しているその水平線――に立っておれば、多数の間にその頭角を抜き、その名利をほしいままにし、また指導することもできるであろう。

 しかし一歩を進めて、人は人間と人間とのみならず、人間以上のものと関係がある。ヴァーチカル(垂直線)的に関係のあることを自覚したい。

 我々は、ただに横の空気を呼吸するのみで活きるものでなく、縦の空気をも吸うものであることを知ってもらいたいのである。人間と人間との関係以上というと、何だか耶蘇教(キリスト教)の神らしいことになる。しかしぼくは、必ずしも神と限るのではない。仏教の世尊でもよい、神道の八百万(やおよろず)の神でも差しつかえない。

 ぼくは何の宗教ということを、かれこれ言うことを好まない。ただ人間以上のあるものがある。そのあるものと関係を結ぶことを考えれば、それでよいのである。

 この縦の関係を結びえた人にして、はじめて根本的に自己の方針を定めることができる。自分がこのような仕事をするのは、上(かみ)からの命である。上への義務である。上なる者と共に働き、共に結果を楽しむのである。

 偶然なる世の毀誉褒貶(きよほうへん)、われにおいて何かあらん。利害はただ事業に伴う副産物に過ぎない。報酬は人より求めず、天より得れば足るという覚悟、こうなれば泰然たる内に自ら立志の方針も定まり、その天職を立派に遂行することができるであろう。

 要するに、青年が志を立てるについて、人間ばかりを対手(たいしゅ)とせずに、人間以上のあるものと相談して、理想を作るのが必要である。

 
新渡戸稲造『修養』より

 

 

 

 

 

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